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医学今昔物語 

「医学今昔物語」

 

 江戸時代の医学は、中国から入ってきた漢方医学と武術の活法に起源を持つ整骨医学が主流で、蘭学として西洋医学もあったが、解剖や生理学など基礎医学を勉強するには良かったが、実際の臨床では漢方医と整骨医が力を持っていた。漢方医は鍼灸と漢方薬、整骨医は手技と漢方薬で治療していたが、もちろん当時は資格もないため、やぶ医者も多かった。

時代は変わり明治となり、西洋文明に習えと西洋医学だけが正当な医学となり、漢方医はやがて鍼灸師に、整骨医は接骨師(柔道整復師)や整体師などに分かれていった。

 その後100余年、現在では西洋医学が飛躍的な発展を遂げ、医学の大学を出て国家試験合格者には医師免許が与えられている。一方で、鍼灸や整骨は医療類似行為と言った扱いを受け、専門学校を出て国家資格であるがレベルの低い資格となっている。そして専門学校では、西洋医学的な教育が中心で伝統的な知識や技術があまり教えられていないため、漢方診断ができない鍼灸師、骨の接げない接骨師が多くなっている。

 全尽堂の院長の祖父は、江戸時代の整骨医の流れをくむ磯貝流の整骨医で、昭和13年より高岡市で接骨院を開業していた。私が子供の頃には、1日300人くらいの患者さんが来院していて、今の接骨院では考えられない様な様々な症状の患者さんも診療していました。また入院患者も20名くらい居て、整形外科の病院もほとんど無い時代でしたので、“あやまち医者”と言われていました。

私も当初は接骨院を開業していましたが、カイロプラクティックと出会い、カイロを勉強するうちにカイロに傾倒していき、10年間接骨院を開業していましたが、接骨院を止めてカイロの施術院に衣替えし現在に至っています。私が接骨院を開業していた頃は、骨折の患者さんも日常茶飯事で私も10年間に1,000例あまりの骨折を経験することができました。その後接骨院も衰退が始まり、今では骨折を治療できない柔整師が多くなり“骨つぎ”とは言えなくなってきています。また本来の外傷を中心とした接骨院の患者さんも少なくなってきて、介護の仕事にシフトしている接骨院さえもあります。もう“接骨院の時代は終わった”と言った感じです。

 私はカイロやオステオパシーを勉強するようになって、私の祖父や父が経験的に施していた整骨術の理論が理解できるようになりました。

私の現在の治療は、カイロとオステオパシー、そして祖父や父が施していた磯貝流整骨術の良いところを組み合わせて、私のオリジナルな治療法となっています。

 

 全尽堂では、整形外科的な筋骨格系の疾患の患者さんだけでなく、内科疾患や眼科・耳鼻咽喉科疾患、泌尿・生殖器疾患や脳神経の問題など様々な症状の患者さんが来院されます。

 どんな症状でも施術可能な場合が多くありますので、先ずは全尽堂にご相談ください。

 きっと皆様の健康のお手伝いができるものと確信致しております。

 

 医療の原点と言える“手当て治療”の可能性を追求する

カイロ全尽堂 を何卒よろしくお願い申し上げます。